価値観とは何か
あなたの中にある羅針盤
価値観とは、空気や水、自然、生活環境、家族などのように、普段は当たり前にあなたのそばにあるもの。
信念と間違えられることもあるが、価値観とは「すべき」という義務でも「したい」という願望でもない。既にあなたの中にあって、今失ったら生きていけるか分からないと感じるようなものである。
自分でも認識できない価値観は、失う恐怖を経験して初めて分かることが多い。普段わからないからこそ、私たちは選択に迷い、決断できず、自分の人生を生きているのかわからなくなる時がある。
価値観が羅針盤だと言われるのは、そのためである。
価値観の学術的定義
シュワルツによる価値観の6つの特徴
価値観研究の第一人者であるシャローム・シュワルツ(Schwartz, 1992, 2012)は、価値観を以下の6つの特徴によって定義している。
(1)価値観は感情と不可分に結びついた信条である
価値観が活性化されると、それは感情を伴う。独立性を重要な価値とする人は、その独立性が脅かされると動揺し、守れないときには絶望し、享受できるときには喜びを感じる。
“When values are activated, they become infused with feeling. People for whom independence is an important value become aroused if their independence is threatened, despair when they are helpless to protect it, and are happy when they can enjoy it.” — Schwartz (2012)
(2)価値観は望ましい目標であり、行動を動機づける
社会秩序、正義、助け合いを重要な価値とする人は、これらの目標を追求するよう動機づけられる。価値観は単なる抽象的な概念ではなく、行動の源泉である。
(3)価値観は特定の行為や状況を超越する
価値観は態度や規範とは異なり、特定の対象や状況に限定されない。従順や正直といった価値観は、職場でも家庭でも、友人関係でも見知らぬ人との関係でも、一貫して作用する。この抽象性が、価値観を態度や規範と区別する特徴である。
(4)価値観は行為、方針、人物、出来事の選択や評価の基準として機能する
人々は何が良いか悪いか、正当か不正か、する価値があるか避けるべきかを、価値観に基づいて判断する。しかし、この価値観への依拠は通常は無意識的に行われる。価値観が意識されるのは、検討中の行為や判断が、自分が大切にする価値観同士の間で葛藤を引き起こす場合に限られる。
(5)価値観は相対的な重要性によって序列化される
人々の価値観は、優先順位をつけた体系を形成している。新奇性と刺激を重視するか、伝統への従順を重視するかは、個人によって異なる。この階層的特徴もまた、価値観を規範や態度と区別するものである。
(6)複数の価値観の相対的重要性が行動を導く
いかなる態度や行動も、通常は複数の価値観に関係している。ある行動が一つの価値観を促進しつつ別の価値観と対立する場合、すべての関連する価値観の相対的重要性のトレードオフが行動を導く。
ロキーチの価値観概念
シュワルツの理論に先立ち、ミルトン・ロキーチ(Rokeach, 1973)は『人間の価値の本質(The Nature of Human Values)』において、価値観研究の基礎を築いた。ロキーチは価値観を「目的価値(終極的な存在状態への望み)」と「手段価値(行動様式への望み)」に分類した。
ただし、シュワルツ(1992)はその後の研究において、この目的と手段の区別には実質的な重要性がないことを示している。重要なのは区別の仕方ではなく、価値観が人間の行動を根本から方向づけているという事実である。
その他の研究者による定義
価値観の定義に貢献した研究者は多い。オールポート(Allport, 1961)、フェザー(Feather, 1995)、クラックホーン(Kluckhohn, 1951)、モリス(Morris, 1956)らは、それぞれの視点から価値観の本質を探求してきた。
これらの研究に共通するのは、価値観が「人生において何が重要か」という根本的な問いへの答えであり、個人の行動と判断を静かに、しかし確実に規定しているという認識である。
価値観・志向・信念の違い
階層モデルにおける位置づけ
人間の心には階層構造がある。意識と行動の階層モデル(Ictus Laboratory, 2025)は、どのような構造が存在するか上層から下層へと示した図である。

| 層 | 説明 | 時間との関係 |
|---|---|---|
| 存在の根源 | 言語化できない超越的な次元。ティリッヒの「Ground of Being」に相当 | — |
| 意識 | 純粋な気づきの状態。自己を認識する能力 | — |
| 価値観 | 静かに漂っているもの。投げ込まれたものでも、投げかけるものでもない。ただ、あなたの中にある | 時間の外 |
| 志向 | 未来に向かって投げかけるもの。ハイデガーの「投企」 | 未来へ |
| 信念 | 過去から投げ込まれたもの。ハイデガーの「被投性」に近い | 過去から |
| 循環ループ | 感情→思考→行動→感覚→感情…という日常的な循環 | 現在 |
価値観:時間の外にあるもの
価値観は、あなたの中に静かに漂っている。エネルギーの流れはなく、時間の外にある。
投げ込まれたものでも、投げかけるものでもない。ただ、あなたの中にある。
価値観は変化しにくい。それは過去の条件によって形成されたものではなく、未来への意志によって選ばれたものでもないからである。あなたが生まれる前から、あるいはあなたという存在の核として、そこに在る。
志向:未来へ投げかけるもの
志向(Aspiration)は、今あなたが未来に向かって投げかけているものである。
ハイデガーが「投企(Entwurf)」と呼んだ、可能性に向かって自分を企てる動き。私たちは現在の自分を超えて、まだ実現していない可能性に向かって自らを投げかける。それが志向である。
志向は変化する。環境が変われば、成長すれば、今必要なものが変われば、意識の向く方向も変わる。20代で追い求めていたものと、40代で追い求めるものは異なるかもしれない。それは自然なことである。
信念:過去から投げ込まれたもの
信念もまた変化するが、こちらは過去から来ている。
自分で選ばずに投げ込まれた条件の中で、生き延びるために身につけた教訓。ハイデガーの「被投性(Geworfenheit)」に近い。私たちは自分で選んだわけではない時代、文化、家庭環境に投げ込まれ、その中で信念を形成してきた。
信念は「自分は○○だ」「世界は△△だ」という固定化された認識である。アーロン・ベック(1976)が「スキーマ」と呼んだものに相当する。セルフイメージや固定観念、偏見を含む。
この信念は、かつて自分を守るために必要だった「鎧」であることが多い。その環境で生き延びるために身につけた防衛機制である。しかし、その鎧を着たままでは、本当に大切なものに手が届かないこともある。
三者の関係
価値観は時間の外にあり、変化しにくい。志向は未来に向かい、成長とともに変化する。信念は過去から来ており、意識的な努力によって変化しうる。
この三者の関係を理解することは、自己理解の核心である。
多くの人は、自分の信念を価値観だと誤解している。しかし信念は過去の条件によって形成されたものであり、本当のあなたではないかもしれない。また、志向を価値観だと誤解することもある。しかし志向は変化するものであり、その奥にある不変の核ではない。
価値観は、志向と信念のさらに奥にある。時間の外で、静かに漂っている。
信念の役割と限界
フィルターとしての信念
信念(スキーマ)は、価値観・志向と日常のループを繋ぐ「フィルター」として機能する。価値観が「自由に生きろ」と示し、志向が「新しい挑戦をしたい」と向かっていても、信念が「安定が第一だ」「自分には無理だ」とブロックすれば、ループのパターンは変わらない。
アーロン・ベック(1976)はこれを「認知の歪み」として体系化した。私たちの日常的な思考や感情は、この信念というフィルターを通過して生成されている。
変化の非対称性
階層モデルにおいて、変化の方向性には明確な非対称性がある。
| 層間の関係 | 下向き(↓) | 上向き(↑) |
|---|---|---|
| 存在の根源 ↔ 意識 | 常に | ほぼない |
| 意識 ↔ 価値観 | 常に | ほぼない |
| 価値観 ↔ 志向 | 常に | ほぼない |
| 志向 ↔ 信念 | 常に | 稀(人生の転機、喪失体験) |
| 信念 ↔ ループ | 常に | 可能(認知再構成による) |
上位から下位への影響は常に存在するが、下位から上位への影響は稀である。つまり、価値観は常に私たちの判断と行動に影響を与えているが、日常のループから価値観を認識することは非常に困難である。
これが、価値観が「当たり前すぎて見えない」理由である。
信念の限界:共有できないこと
信念と価値観の最も重要な違いは、共有可能性にある。
信念は文脈に依存する。育った環境、経験、立場によって形成されるため、他者と共有することが困難である。信念同士がぶつかると、それは議論になる。正しさの審判が行われ、勝ち負けが生まれる。
一方、価値観は信念より深い層にあるため、文脈を超えて共有することができる。「安全」を大切にする人と「自由」を大切にする人は、信念のレベルでは対立するかもしれない。しかし、「大切なものがある」という地点で繋がることはできる。
なぜ価値観は認識しにくいのか
潜在的価値観(Latent Values)
日常の行動パターン(Behavioral Patterns)は、信念を通過した後に日常のループとして現れる行動の傾向である。これは観察可能であり、外発的な影響を受けやすい。
一方、潜在的価値観(Latent Values)は、信念によるフィルタリングを受ける前の、より根源的な価値観である。
「失ったら自分を許せないもの」という問いは、信念のフィルターを迂回して、この潜在的価値観の層に直接アクセスしようとする試みである。喪失を想像することで、普段は意識されない深い層に触れることができる。
外発的価値観と鎧
外発的価値観を手放すということは、自分を守ってきた「鎧のような信念」を手放すことでもある。その信念は、かつての環境で生き延びるために必要だった。しかし、本当に大切なものを失わないためには、いつかその鎧を脱ぐ必要がある。
多くの人が「自分の価値観」だと思っているものは、実は信念や志向であることが多い。社会から期待されること、親から教えられたこと、生き延びるために身につけたこと。それらは価値観ではなく、信念である。
価値観の層にアクセスすることは、その鎧の下にある本当の自分に触れることである。
価値観の普遍的構造
10の基本価値観
シュワルツは文化横断的な研究を通じて、人間に普遍的な10の基本価値観を特定した(Schwartz, 1992, 2012)。これらは82カ国、30万人以上のデータによって検証されている。
| 価値観 | 定義 |
|---|---|
| 自己決定(Self-Direction) | 独立した思考と行動の選択、創造、探求 |
| 刺激(Stimulation) | 興奮、新奇性、人生における挑戦 |
| 快楽(Hedonism) | 自己の快楽や感覚的満足 |
| 達成(Achievement) | 社会的基準による個人的成功の実証 |
| 権力(Power) | 社会的地位と威信、人や資源に対する統制や支配 |
| 安全(Security) | 社会、関係、自己の安全、調和、安定 |
| 同調(Conformity) | 他者を害したり社会的期待に反する行動の抑制 |
| 伝統(Tradition) | 文化や宗教が提供する慣習や理念への尊重、受容 |
| 博愛(Benevolence) | 頻繁に接触する人々の福祉の保護と向上 |
| 普遍主義(Universalism) | すべての人々と自然の福祉に対する理解、感謝、寛容、保護 |
これらの価値観は円環構造を形成し、隣接する価値観同士は互換性があり、対角に位置する価値観同士は対立する傾向がある。
価値観と態度・行動の違い
シュワルツ(2012)は、価値観が態度、信念、規範、特性とどのように異なるかを明確にしている。
価値観と態度:態度は特定の対象に対する評価であり、ある対象への態度は複数の価値観から影響を受ける。例えば、原子力発電への態度は、安全(セキュリティ)の価値観と環境保護(普遍主義)の価値観の両方から影響を受ける。
価値観と特性:特性は行動の傾向性を記述するが、価値観は人々が追求する目標を記述する。特性は「どのように振る舞うか」であり、価値観は「何を重要と信じているか」である。創造性を価値とすることは、実際に創造的であることとは別である。
価値観を知ることの意義
選択と決断の羅針盤
日常において、私たちは無数の選択と決断を迫られる。その多くは無意識的に行われるが、重要な決断において迷いが生じるのは、関連する価値観同士が葛藤しているときである。
シュワルツ(2012)が指摘するように、価値観が意識されるのは、検討中の行為や判断が、自分が大切にする価値観同士の間で葛藤を引き起こす場合に限られる。
価値観を知ることは、この葛藤の正体を明らかにする。何と何がぶつかっているのかが分かれば、迷いは「解くべき問い」に変わる。
対話の土台
信念同士がぶつかると議論になる。しかし価値観の層で繋がれば、対話が可能になる。
価値観の対話において、人々は鎧を脱ぐことができる。そこには攻撃的な会話も、断定的すぎる言い方も、策略も思惑も存在しない。童心に帰ったようなコミュニケーションが生まれる。
これは単なる理想ではなく、価値観ワークショップにおいて実際に観察される現象である。
発達の方向性
価値観を知ることは、自分がどこにいて、どこへ向かっているのかを知ることでもある。
マズロー(Maslow, 1943)の欲求階層理論とバレット(Barrett)の意識発達理論が示すように、人間には欠乏動機から成長動機への発達の方向性がある。自分の価値観を知ることは、その発達の現在地を知ることにつながる。
結語
価値観とは、失ったら自分を許せないもの。普段は当たり前すぎて見えないもの。時間の外で、静かに漂っているもの。
志向は変化する。未来に向かって投げかけるものだから。信念も変化しうる。過去から投げ込まれたものであり、意識的に書き換えることができるから。
しかし価値観は、そのどちらでもない。投げ込まれたものでも、投げかけるものでもない。ただ、あなたの中にある。
価値観を知ることは、自分を知ることの核心である。そして価値観で繋がることは、信念の対立を超え、第三の道を拓く可能性を開く。
私たちが価値観に立ち返る必要があるのは、それが単なる自己理解のためだけではない。分断が深まる現代社会において、対話の土台を取り戻すためでもある。
参考文献
- Allport, G. W. (1961). Pattern and growth in personality. New York: Holt, Rinehart & Winston.
- Beck, A. T. (1976). Cognitive therapy and the emotional disorders. New York: International Universities Press.
- Feather, N. T. (1995). Values, valences, and choice: The influence of values on the perceived attractiveness and choice of alternatives. Journal of Personality and Social Psychology, 68, 1135-1151.
- Heidegger, M. (1927). Sein und Zeit. Tübingen: Max Niemeyer Verlag.(『存在と時間』)
- Kluckhohn, C. (1951). Values and value-orientations in the theory of action. In T. Parsons & E. Shils (Eds.), Toward a general theory of action. Cambridge, MA: Harvard University Press.
- Maslow, A. H. (1943). A theory of human motivation. Psychological Review, 50(4), 370-396.
- Morris, C. W. (1956). Varieties of human value. Chicago: University of Chicago Press.
- Rokeach, M. (1973). The nature of human values. New York: Free Press.
- Schwartz, S. H. (1992). Universals in the content and structure of values: Theory and empirical tests in 20 countries. In M. Zanna (Ed.), Advances in experimental social psychology (Vol. 25, pp. 1-65). New York: Academic Press.
- Schwartz, S. H. (2012). An overview of the Schwartz theory of basic values. Online Readings in Psychology and Culture, 2(1).
- Schwartz, S. H., et al. (2012). Refining the theory of basic individual values. Journal of Personality and Social Psychology, 103, 663-688.