経営者と従業員の決定的な違い
経営者と従業員の違いは何か。
権限の大きさ、報酬の多さ、責任の重さ。それらは確かに違う。しかし、最も決定的な違いは、もっと深いところにある。
それは、価値観の位置づけである。
従業員における価値観
多くの従業員にとって、仕事は「生活のため」である。
マズローの欲求階層理論が示すように、安全欲求や所属欲求は、人間にとって根源的なものである。安定した収入、安心できる環境、所属する場所。これらを求めることは自然なことである。
従業員として働くとき、組織の価値観は「受け入れるもの」として存在する。入社時に示されるミッションやバリュー。それらは自分で創ったものではなく、既にそこにあるものである。
もちろん、組織の価値観に共感して働く人もいる。しかし、その場合でも、価値観の主体は組織にある。従業員は、その価値観を「選んで」参加している。
経営者における価値観
経営者にとって、価値観の位置づけは根本的に異なる。
経営者は、組織の価値観を「創る」立場にある。あるいは、自分の価値観を「組織の価値観」として表現する立場にある。
これは、単に権限があるということではない。自分の価値観を、他者と共有可能な形で言語化し、組織という器に込める——その責任を負うということである。
バレットの意識発達理論では、リーダーシップの発達段階として「価値観を体現する」段階がある。この段階に達したリーダーは、個人的な成功ではなく、より大きな目的のために働くようになる。組織は、その目的を実現するための手段となる。
経営者と従業員の決定的な違いは、ここにある。価値観を「受け入れる」のか、「創り出す」のか。
目線の向く先
経営者と従業員のもう一つの違いは、目線の向く先である。
従業員の多くは、自分の仕事、自分のチーム、自分の部門を見ている。それは自然なことであり、悪いことではない。与えられた役割を果たすことに集中するのは、組織の一員として健全な姿勢である。
しかし経営者は、会社全体を超えて、社会や世界に目線が向いている。
超越的な価値観を持っているとは限らない。しかし、「この事業は社会にどんな価値を届けるのか」「世界の中で自分たちはどんな役割を果たすのか」という問いが、常に視界に入っている。
この視野の広さが、価値観を「創り出す」ことを可能にする。狭い視野からは、狭い価値観しか生まれない。自分の利益、自分の部門の成果だけを見ていては、他者と共有できる価値観は生まれてこない。
社会や世界を視野に入れたとき、初めて「私たちは何のために存在するのか」という問いが立ち上がる。その問いに対する答えが、組織の価値観になる。
この違いが生む孤独
価値観を「創り出す」立場にいることは、深い孤独を伴う。
従業員であれば、判断に迷ったとき、上司や同僚に相談できる。組織の方針という「正解」が、どこかに存在している。
しかし経営者には、そのような「正解」がない。最終的な判断は、自分の価値観に従って下すしかない。そしてその判断の結果は、すべて自分が引き受けることになる。
「誰にも相談できない」という経営者の孤独は、権限の大きさから来るものだけではない。価値観の主体であることから来る、存在論的な孤独である。
だからこそ価値観が必要になる
だからこそ、経営者には明確な価値観が必要になる。
価値観が曖昧なまま経営者になると、判断のたびに迷い、揺れ、消耗していく。あるいは、その場その場の損得勘定で判断するようになり、組織の一貫性が失われていく。
一方、自分の価値観を明確に持っている経営者は、孤独であっても迷わない。判断の基準が、自分の内側にあるからである。
これは従業員にとっても重要なことである。いつか経営者になる可能性があるなら、今から自分の価値観を探求しておくことが、その準備になる。そして、経営者にならなくても、自分の価値観を明確にすることは、より主体的に仕事に取り組むことを可能にする。
結語
経営者と従業員の決定的な違いは、価値観を「受け入れる」のか「創り出す」のかにある。
この違いは、権限や報酬の違いよりも深い。存在のあり方そのものの違いである。
あなたは今、価値観を受け入れる側にいるだろうか。それとも、創り出す側にいるだろうか。
その問いに対する答えが、あなたの働き方、そして生き方を決定づける。
参考文献
- Barrett, R. (2014). The values-driven organization: Unleashing human potential for performance and profit. Routledge.
- Maslow, A. H. (1943). A theory of human motivation. Psychological Review, 50(4), 370-396.