時代の転換点に立って
資本主義経済がもたらした恩恵は計り知れない。物質的豊かさ、技術革新、生活水準の向上。しかしその過程で、抑圧されてきたものがある。画一化されてきたものがある。効率という名のもとに後回しにされてきた問いがある。
「自分は本当は何を大切にしているのか」
この問いに向き合う余裕すら、多くの人には与えられてこなかった。
今、その抑圧されてきたものが解放を求めている。人々は「自分の軸」を探し始めている。組織は数字では測れない一体感を求めている。社会は分断を超える道を模索している。
私たちは時代の転換点に立っている。
価値観とは何か
価値観とは、空気や水のように、普段は当たり前にそこにあるもの。
「すべき」という義務ではない。「したい」という願望でもない。既にあなたの中にあって、失ったら自分を許せないと感じるもの。それが価値観である。
自分でも認識できない価値観は、失う恐怖を経験して初めて自覚されることが多い。普段は意識されないからこそ、私たちは選択に迷い、決断できず、自分の人生を生きているのかわからなくなる時がある。
価値観が羅針盤だと言われるのは、そのためである。
なぜ対話は生まれないのか
人間の心には階層構造がある。
最も深い層には、言語化できない存在の根源がある。そこから意識が生まれ、意識は価値観を通じて現実世界と接続する。
価値観の下には信念がある。「自分は○○だ」「世界は△△だ」という固定化された認識。セルフイメージや固定観念、偏見を含む。これらは多くの場合、過去の環境で生き延びるために身につけた鎧である。
信念は安全装置として機能している。自分を守るために存在する。
しかし信念には限界がある。それは文脈に依存するため、共有することができない。信念同士がぶつかると、対話ではなく議論が生まれる。相手への理解ではなく、正しさの審判が行われる。議論は競争を生み、勝ち負けを生む。
第三の道は、そこからは開かれない。
価値観で繋がるとき
価値観は信念より深い層にある。だから文脈を超えて共有することができる。
価値観の層にアクセスするとき、人は鎧を脱ぐことができる。そこには攻撃的な会話も、断定的すぎる言い方も、策略も思惑も存在しない。まるで童心に帰ったようなコミュニケーションが生まれる。
価値観を共有できれば、信念の違いを尊重できる。「なぜその人がそう考えるのか」が理解できる。同意する必要はない。ただ、尊重することができる。
そのとき、第三の道が開かれる。
適応課題と呼ばれてきた多くの問題は、信念のレベルでぶつかっていたから解決不能に見えていた。価値観のレベルで繋がれば、同じ問題が技術的課題として解決可能になる。
対立を超える条件
心理学者シュワルツは、人間の普遍的な価値観を10の基本価値として体系化し、それらが円環構造をなすことを示した。この理論は82カ国、30万人以上のデータによって検証されている。
シュワルツの円環モデルにおいて、対角に位置する価値は心理的に対立するとされる。「自分を高めたい」という動機と「みんなのために」という動機は、両立しにくいというのが従来の理解であった。
しかし現実には、この対立を超えている人々が存在する。自分の能力を発揮することが、そのまま他者への貢献になっている。個人の成長が、組織の成長と矛盾しない。そのような統合を実現している人々がいる。
何がこの違いを生むのか。
私たちの仮説は、意識の発達段階にある。
同じ「達成」という価値を追求していても、その動機が異なる。
欠乏動機からの達成は、認められたい、負けたくない、という不安や恐怖に基づく。他者との比較が基準となり、ゼロサム的な競争を生む。
成長動機からの達成は、可能性を発揮したい、という内発的な欲求に基づく。自分の成長が基準となり、プラスサム的な創造を生む。
欠乏動機では対立軸がゼロサムになる。成長動機では対立が溶けて統合される。
三次元価値観空間理論
Ictus Values®は、シュワルツの円環構造に、意識の発達という次元を加える。
シュワルツの理論は「何を大切にするか」を示す。私たちの理論は、そこに「どの意識レベルからそれを追求しているか」という高さの次元を加える。
この理論は、シュワルツの基本価値理論を基盤とし、バレットの意識発達理論とマズローの欲求階層理論を統合することで構築されている。
この理論が拓く未来
この理論が構築され、実証されたとき、何が可能になるのか。
個人において
自分が今どこにいて、どこへ向かっているのかが可視化される。
「自分は達成志向だ」という自己認識だけでは、方向性は見えない。その達成志向が欠乏から来ているのか、成長から来ているのか。それがわかれば、次に何をすべきかが見える。
迷いの正体が明らかになる。選択に迷うとき、それは価値観同士の対立なのか、価値観と信念の葛藤なのか、あるいは意識の発達段階における過渡期なのか。診断によってそれが可視化されれば、迷いは「解くべき問い」に変わる。
組織において
採用の精度が変わる。「価値観が合う」だけでは、入社後のミスマッチを防げないことがある。同じ価値観を持っていても、意識レベルが異なれば、協働は困難になる。価値観と意識レベルの両方が可視化されれば、真の適合性を見極めることができる。
チームビルディングの方法が変わる。対立が起きたとき、それが信念のレベルの衝突なのか、価値観の相違なのかを特定できる。信念の衝突であれば、価値観の層に降りることで対話が可能になる。価値観の相違であれば、その違いを活かす配置を考えることができる。
組織文化の診断が可能になる。組織全体が欠乏動機に支配されているのか、成長動機が育っているのか。その分布が可視化されれば、介入すべきポイントが明確になる。
社会において
分断を超える方法論が確立される。
政治的対立、世代間対立、価値観の衝突。これらは信念のレベルで議論されている限り、平行線をたどる。しかし、対立する双方が価値観の層で繋がることができれば、第三の道を探索する土台が生まれる。
適応課題と呼ばれてきたものの多くは、実は信念の衝突であった可能性がある。価値観の共有という方法論が確立されれば、解決不能に見えていた問題が、解決可能な技術的課題として再定義される。
これは楽観的な予測ではない。価値観の対話によって実際に起きている変化を、理論化し、再現可能にし、より多くの場に届けるということである。
研究の現在地
この理論は仮説段階にある。
シュワルツの10の基本価値観は、学術的に検証されている。しかし、意識発達との統合、三次元空間における価値観の配置については、現在も研究を継続している。
私たちは誠実でありたい。確立されたものと、探求中のものを明確に区別する。
確立されているもの:
- シュワルツの基本価値理論(10の価値観、円環構造)
- 価値観は信念より深い層に位置するという構造
- 価値観の共有が対話を可能にするという実践的知見
探求中のもの:
- バレットの意識発達理論との統合
- マズローの欲求階層との対応
- 三次元モデルの数学的妥当性
新しい時代を生きる実践
Ictus Values®は、理論だけを提供するのではない。
価値観カードを使ったワークショップ、オンライン診断による可視化、組織開発への応用。これらの実践を通じて、新しい時代を自分の言葉で生きる方法を届ける。
対立を超える道は、信念を捨てることではない。信念の下にある価値観で繋がり、その上で信念を尊重し合うことである。
私たちは、その実践方法を探求し続ける。
研究へのご協力のお願い
この研究は、まだ始まったばかりである。
理論の検証には、多くの方の協力が必要となる。価値観診断を受けていただくこと、ワークショップに参加していただくこと、その体験を共有していただくこと。一つひとつのデータが、理論を精緻化し、より多くの人に届けられるものにしていく。
もしこの研究に共感いただけるなら、ぜひご協力をお願いしたい。
→ 研究協力のお願い
論文・研究資料

SSRN: [Ictus Values Framework: A Three-Dimensional Extension of Schwartz Value Theory for Individual and Organizational Transformation](https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=5754942)